魏 志 倭人 伝 原文。 「魏志・倭人伝」を疑う

倭人伝の里程・行路シミュレーション

ところが、朝鮮海峡を渡るのに最も対馬に近い巨済島との説がありますので、釜山と巨済島の二地点を シミュレーションに組み込みました。 」という魏帝のねぎらいの言葉には、この間の事情が含められているのでしょう。 従って、帯方太守を務めた張撫夷の墓から役職名が入った 「帯方太守張撫夷」 の文字が発見されても、その地が張撫夷と何らかの関係が 推定されるだけで、郡治の証明には直結しない。 この黒歯国と倭が関連付けられている記載として、以下のものがある。 この人はいろいろ大変だったようです。 つまり、最低限でも59年間、君臨していたわけです。 さて、ここまでの仮定を整理すると、 1. 帯方=現在の仁川(インチョン) 2. 狗邪韓国=現在の釜山(プサン) 3. 1里=0.1km この仮定で魏志倭人伝を読み進め、論理が破綻しなければ、この仮定が正しいことになる。

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魏志倭人伝

屋室有り。 出典 [ ]• ここまでの国より規模がずっと大きそうなのに千余戸という戸数は少なすぎる。 次に対蘇國あり。 『』倭国伝 「自昔祖禰 躬擐甲冑 跋渉山川 不遑寧處 東征毛人五十國 西服衆夷六十六國 渡平海北九十五國」 昔から祖彌(そでい)躬(みずか)ら甲冑(かっちゅう)を環(つらぬ)き、山川(さんせん)を跋渉(ばっしょう)し、寧処(ねいしょ)に遑(いとま)あらず。 述部の修飾が何に向けられているか判断するのが基本です。 その代官がいるところは方四百余里 460里四方 の 断絶した島である。 有無する所、儋耳(たんじ)・朱崖(しゅがい)と同じ。

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魏志倭人伝(『三国志』魏書・東夷伝・倭人)〔原文〕

四千戸あまりある。 たった一人、出入りを許された男子は、配膳係兼要人との連絡役で、信頼出来る身内の若者ではなかったでしょうか。 (万二千余-七千余=五千余) 松本清張氏が、倭人伝の書き出しが「倭」ではなく、「倭人」となっていることに着目していました。 住むこと七、八十年。 今、難升米を以って率善中郎将と為し、牛利を率善校尉と為す。 413年 倭王「讃」が東晋に使者を送る。

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倭・倭人関連の中国文献

並びに、詔(=制詔)をもたらし、金、帛、錦、罽、刀、鏡、采物を下賜した。 一大国に至る。 会稽の倭水人たちの衣服はその中央に穴を開け、これに頭に通して着ている。 これは曹氏の手柄だったようで皇帝に誉められたと思います。 後漢書倭伝は、自らの言葉に置き換えながら、魏志倭人伝を四分の一ほどに要約しました。 「魏略」 魚劵 全五十巻 「魏略」の成立は「三国志」よりも二、三十年早く、それだけ同時代史料に近いと云える。

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「魏志・倭人伝」を疑う

その出来栄えは当時から高く評価されており、「敍事に善く、良史の才有り」との評価を得ている。 自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳 次有斯馬國 次有巳百支國 次有伊邪國 次有都支國 次有彌奴國 次有好古都國 次有不呼國 次有姐奴國 次有對蘇國 次有蘇奴國 次有呼邑國 次有華奴蘇奴國 次有鬼國 次有為吾國 次有鬼奴國 次有邪馬國 次有躬臣國 次有巴利國 次有支惟國 次有烏奴國 次有奴國 此女王境界所盡 「女王国より以北、その戸数、道里は略載を得べきも、その余の旁国は遠くして絶へ、詳を得べからず。 |倭の地は温暖で、冬でも夏でも生野菜を食べ、皆ははだしである。 これは普通の老を表す言葉ではないはずです。 帯方太守、劉夏が使者を派遣し、汝の大夫、難升米と次使、都市牛利を送り、汝の献上した男の生口四人、女の生口六人、班布二匹二丈をささげて到着した。 なお、1里=140メートルをシミュレーションに組み込んだのは、壱岐島の大きさを倭人伝は「方三百里」としており、これより倭人伝は 1里=140メートルで記載されているとの説があるからです。

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魏志倭人伝(『三国志』魏書・東夷伝・倭人)〔原文〕

b、使訳の通じない謎の土地 女王国東渡海千余里 復有国 皆倭種 「女王国の東、海を渡って千余里行くと、また国が有り、皆、倭種である。 女王國東渡海千餘里、復有國、皆倭種。 ) 魏志(ぎし)=中国の魏の史書。 「夷州 ・「夷州」は台湾のことのようです。 」 下層階級の者が貴人に道路で出逢ったときは、後ずさりして(道路脇の)草に入る。 その位置を特定するため、陳寿がせっかく編み出した倭と倭人の使い分けも、後世の理解するところとはなりませんでした。

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魏略逸文

『山海経』 [ ] 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 つぎに鬼奴国がある。 代々、王が有り、みな女王国に従属している。 しかし、邪馬壱国に対する返礼品や、卑弥呼個人に対する贈り物は、邪馬壱国の使者、難升米に託すということのようです。 新たな天命が下り、別の有徳者が天下を統治することになる。 卑弥呼が天に召された後、弟とともに神様として伊勢に祭られたのではないでしょうか。

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